徒然なるままに、日々、研究。

管理人の身の回りで起こることや起きたことのちょっと役立つ徒然日記。

障がい者施設で働く「つらさ」について

 

 

 

ざっくりと仕事内容について書き終えたところで前職について思っていることを少し書いておこうと思います。

 

大事なことなので書いておきますが、このブログで書かれていることは全部管理に人による私見です。

どうかあくまでも一個人の意見であると理解した上で見ていただければと思います。

 

 

 

障がい者施設」なんてワードで検索すると、まあ出るわ出るわの悲しい記事。

 

何度かブログでは書かせてもらってますが、知的障害を持つ方の手伝いをするということは、一筋縄ではいきません。

 

辛すぎます。という話をよく聞きます。

かくいう私も辛すぎて、仕事を休まざるを得なくなったこともあります。

 

その「辛さ」はどんな理由があるのでしょう。

 

わたしのことを少し話してみようと思います。

生活支援員が一緒に働いているのは、障害をもつ方々です。

他の記事でも書いているようにわたしが働いていたところはとても重度な方が多い施設でした。

 

言語でのコミュニケーションが難しい方ばかりで中には自分が気に入らなかったことや悲しかったことを人を傷つけることでしか伝えられない人もいました。

 

ある女性利用者さんが施設で怒り興奮して、何度も何度も殴られたことがあります。

わたしも人間ですので、とても痛かったですし、自分は何か役に立てればと思っただけなのに、どうしてこんな目にあっているのだろうと本当に悔しいやら、情けないやら、悲しいやら。

ですが、殴られたからと言ってもちろんやり返すことなどできませんし、そんなとき私たちはとにかく落ち着くまで待ったり、力の強い職員さんに抑えていてもらうしかありませんでした。

 

その時悲しい気持ちの中で面接のときのことをチラと思い出しました。

新しく仕事を始めようと、夢いっぱいとまではいかなくともそれなりにみんなドキドキワクワクして勤務初日を待っているわけですよね。

 

でも緊張しながら通園すると、人手不足で先輩職員たちは新人に丁寧に仕事を教える時間もなく、所長はさまざまな対応に追われ現場の最新情報を見落としがちで、表向きの施設紹介をされても実際にどんな仕事をするのかマニュアルやOJTがいるわけでもない。

 

わたしが施設で最初に求められたのは、あらゆることに対する我慢でした。

思えばあの時から理想と現実のギャップによる溝はグングン広がっていったのだ、と深く後悔しました。

そう思い始めてしまうと、あとはつらい気持ちの海に溺れそうになっていくだけです。

 

はっきりと書いておきます。

生活支援員という仕事はとても大変な仕事です。

でも、それと同時にもう一つはっきり書いておくべきことがあります。

生活支援員とはとても楽しくて感動的でやりがいのある仕事です。

 

こんなことを書いておいてなにが楽しいのかと思われますよね。

 

私たち職員も万能ではありません。

みんな、あきらめずに勉強し続け、解決策を探し続けていくしかないのです。

 

施設で暴れていた方を私たちは繰り返し観察しました。

そしたら彼女にとっては自分が行おうとしている行動を否定されることがとてつもないストレスであることがわかってきました。

 

当時、彼女はまだ施設に来たばかりで毎日毎日通所させられることや、更衣をしなければならないこと、ごはんのおかわりが無いこと、人のタオルやごみ箱を頭にかぶってはいけないこと、そのどれもが全く理解できなかったのです。

問題行動ばかり起こす彼女をみんな当然叱ってばかりでした。

だけど彼女は、どうして自分が怒られるのかも理解できませんでした。

きっと彼女の目にはみんなの怒りの表情や、軽蔑のまなざしだけが映って毎日不安な気持ちでいっぱいだったのではないでしょうか。

完全に悪循環です。

その悪循環に終止符を打ったのは「別にいいんじゃないの」という考え方と、先回りして出来事を未然に防ぐということです。

まずは、とにかく彼女に毎日施設に来てもらいました。

あとは施設内の彼女が見つけると反応してしまうもの(ゴミ箱やティッシュ箱など)をあらかじめ見えないところに置いておくことと、同時に彼女自身の私物で彼女が安心して使えるもの(かぶる用のかごや、ブランケット)を保護者さんに用意していただきました。

そして、更衣などの別に今日できなくてもかまわないものは「今日はいいよね」と無理強いするのをやめました。

そうすると徐々に徐々に彼女は叫んだり怒ったりすることが減っていきました。

そうなると、今まで難しかったコミュニケーションができるようになり、目があうと笑ってくれたり、彼女の行動がシンプルになり要求がこちらにも理解できるようになってきました。

 

わたしは彼女の笑顔にとても幸せな気持ちになりました。

自分が彼女にできることがあったことがうれしかったですし、これからも彼女が考えることが全てではなくても理解できるかもと思えたことが本当に光栄でした。

その経験をしてから、ほかの利用者さんの問題行動にも冷静に向かうことができるようになりました。

 

生活支援員という仕事の良さが皆さんに浸透していかないのは、今の時点では改善すべき点(あらゆる公的機関のサポート体制にしろ、人々の意識的なものにしろ)があまりにも多すぎることと、目に見える報酬が少ないからということ、その楽しさが言葉で伝えてもなかなか伝わらない類のものであるからです。

 

課題はあまりにも多いと思います。

人は何かを伝えるとき、より印象的で注目されやすく伝わりやすいことを選んで話をします。

そうすると、生活支援員をいう仕事は暗い話題が多くなることは現時点では仕方のないことだと思います。

 

自分の物差し(=常識)で理解できない事柄を人は恐れます。

重度に知的な障害を持つ方々というのはいわゆる常識というのは通用しない場合がほとんどです。

 

ですが、わたしは知る必要があると思います。

当然、ハンディキャップを持っている人々も同じ社会に生きているからです。

 

私にとって細やかな心の動きをもつ利用者さん方と暮らす日々はとても素朴で美しくて満ち足りた経験でした。

次の仕事もおそらく生活支援員です。(求職活動中です笑)

 

理解できないこともたくさんありますが、自分にできることがまだ残っているのではないかとあきらめない心こそ、生活支援員に最も求められていると思います。

あらゆる物事を柔軟に考え、対応する能力も身に付きますしね。

 

 

 

多くの人に知的障害を持つ方の生活の一部が、知ってもらえたらと思っています。

そのためにこのブログが少しでも役に立てばと思います。

 

 

 

 

ののあのあ